「やばいっす、めっちゃ話しかけてくる!」松井裕樹はなぜパドレスで人気者に? 心を掴んだ“史上最高の入団スピーチ”「彼はすごく耳がいい」

多くのアスリートの語学面をサポートするタカサカモト氏に、その過程とレッスンから垣間見えた素顔を訊いた。後編は、今季からMLBに挑戦している松井裕樹(サンティエゴ・パドレス/28歳)のエピソード。4カ国語を駆使した入団スピーチの舞台裏に迫った。【NumberWebインタビュー全2回の2回目/前編から続く】

 2023年冬、サンディエゴ・パドレスと契約を結んだ松井裕樹はある野望を抱いていた。

 メジャーリーグに挑戦した日本人選手のなかで、史上最高の入団スピーチがしたい。

 そんな野望を実現させたのが、リバプールの遠藤航をはじめアスリートの海外挑戦を語学面からサポートする「フットリンガル」の代表・タカサカモトだった。

松井の語学センス「すごく耳がいい」

「松井選手の場合も、遠藤選手と同じように最初は英語の歌を練習しました。レッスンを始めた当時、楽天のチームメイトにアラン・ブセニッツという中継ぎ投手がいたので、まずは彼が大好きな曲(ルーク・コムズの『Beautiful Crazy』)を一緒に歌えるようになろうと。ただ、クローザーの松井選手は毎試合ベンチに入りますし、子育てもしっかりやる人なので、シーズン中は時間を作るのが難しい。主にオフと自主トレの期間にまとめてやる形でしたね」

 レッスンの過程で、サカモトは「すごく耳がいい」と松井の語学的なセンスに気づいたという。

「正しい発音を聞いたら、それを上手に真似できるんです。そのアドバンテージを生かそうね、という話は以前からしていました」

 昨年12月、パドレスと契約を交わした松井から、サカモトにスピーチについての相談があった。本拠地サンディエゴはメキシコとの国境に近く、人口のおよそ4分の1がヒスパニック・ラテン系という土地柄だ。もちろん、メキシコ人やスペイン語話者のパドレスファンも多い。東京大学在学中にメキシコでタコス屋をした経験を持ち、英語だけでなくスペイン語も解するサカモトにとっては、まさに腕の見せどころだった。

「メキシコ人しか使わないスペイン語、というのがいくつかあるんですよ。パドレスの由来にもなっている『padre』は父や神父を指す言葉ですが、メキシコのスラングでは同じ『padre』という単語が『イケてる』といった意味の形容詞にもなる。ファンの心をつかむスピーチにするために、『Padresみたいなpadreな(イケてる)チームに入れて……』といったダジャレを入れてみるのも面白いな、と」

細かい動作までこだわった予行演習

 幾度もミーティングを重ね、準備されていった松井のスピーチ。「相当練習しましたよ」とサカモトは内幕を明かす。

「英語の発音や内容だけでなく、ちょっと間を入れて周りの様子を見る感じとか、『Thank you』のタイミングとか、徹底的に作り込みました。それが自然にできれば、本当に流暢に喋れる人のように見えるので。自主トレ期間に取材を受けたメディアの方にも協力してもらって、現地メディアを想定した予行演習も2回やりました。なぜそこまでこだわったのか? もちろん心を掴むことも大事ですが、純粋に『カッコよく決めたい!』という少年のような気持ちもあったんじゃないかな(笑)」

 そして訪れたキャンプ初日の囲み取材、松井は英語とスペイン語を駆使した見事な入団スピーチを披露する。やや緊張した面持ちながら、「Thank you,I love you」と妻への感謝の言葉も交えて、カンペなしで約1分半。その後の質疑応答では韓国メディアの質問に韓国語でのフレーズを交えて答える一幕もあり、日本語も含めて「驚きの4カ国語対応」と話題をさらった。

 スピーチの反響は想像以上だった。SNS上でのパドレスファンの盛り上がりは言うに及ばず、コーチや球団広報からも「サンディエゴに帰ったらメキシコ系のファンに大歓迎されるぞ」と声をかけられたという。

 仕掛け人のサカモトは「めちゃくちゃハードルが上がってしまったみたいです」と嬉しそうに微笑んだ。

「松井選手から『やばいっす! 英語でもスペイン語でもめっちゃ話しかけてくる!』って連絡がきて(笑)。でも、そのおかげで『マジで勉強しなきゃ!』とすごくやる気になってくれている。逃げ道がなくなったので、教える側としてはシメシメです。最初はスペイン語にあまりピンときていなかったみたいなんですけど、いざ現地に着いたら『スペイン語、絶対やります!』と言っていましたね。本当に素直なんですよ」

 素直で好奇心旺盛、そしてフラット――松井の人柄を、サカモトはそんなふうに形容した。著名なアスリートとして特別視されることを好まない松井にとって、新天地のアメリカは居心地がいい空間のようだ。

「パドレスの投手陣とレストランに行ったときに、個室でなく他のお客さんと同じフロアの一角で、上座・下座とか関係なくベテランも若手も適当に座って、写真を撮るときも近くの学生グループに普通にお願いして撮ってもらったと、嬉しそうに話してくれました。誰もが人としてフラットに接してくれる感じがすごくいい、と。それを心地いいと感じられるのがステキというか、『根がまっとうな人なんだな』と感じましたね」

スポーツの専門用語は重要ではない

 漫画『ONE PIECE』をこよなく愛する松井(推しキャラはシャーロット・カタクリ)に対して、「悪魔の実」の能力にたとえて前置詞の機能を説明するなど、サカモトのレッスンは遊び心に満ちている。対象がアスリートなだけに、「競技に即したテクニカルタームを重点的に教えているのでは」といったイメージもあるが、実際のところはどうなのだろうか。

 サカモトは「最初は自分もそういった表現を知らなければいけないのかな、と思っていた」と前置きしつつ、語学を教えるうえで専門用語は必ずしも重要ではないと語った。

「サッカーにせよ野球にせよ、スポーツの競技面にかかわる言葉は選手たちが自分で対応しています。そこを教えてほしい、と求められることもない。集中してピッチやグラウンドで過ごしていれば、そういった用語を覚えられない人はいないので。ちょっと下品なスラングにしても、“教えたがり”の人がどの国のどのチームにも絶対いますからね(笑)。自分がやらなければいけないのは、むしろそれ以外の部分。基本的な文法や表現をちゃんと理解して使えるように、ごくまっとうに英語やスペイン語を教えることが大事なんです」

 アスリートにかぎらず、母語以外の言語を自分のものにするのは決してたやすいことではない。埃をかぶった単語帳に、起動しなくなったDuolingo……。多かれ少なかれ、誰もが挫折を味わったことがあるはずだ。

 複数の言語を操る語学の専門家として、サカモトは「軽薄のススメ」を説いた。

「最初はみんなやる気があるんですよ。でも、語学って時間がかかるし、初速を維持できるわけがない。一度うまく続けられなくなったときに、真面目な人ほど自分をダメだと思って挫折しやすいんです。僕の場合、人間関係においては真面目だと思いますけど、語学との付き合い方はふしだらなので。イタリア語も勉強中と言っていますが、1年ぐらいやっていませんし、その一方で気の向くまま他の言語にも手を出したり(笑)。

 でも、それをダメとも思っていなくて。どうせ一生ものの勉強だし、挫折じゃなくて休憩だと考える。で、何かの拍子にまた再開して、ちょっと覚えたらすぐに使って、『まだまだいける!』と思い込む。楽しみながらやっていますね。教えるときも、最初は根を詰めすぎずにスロースタートするようにしています」

 語学とは“チャラい”関係がちょうどいい――箴言めいたフレーズを口にして、アスリートを支える異色の語学講師はニンマリと笑みを浮かべた。

(前編から続く)

タカサカモトTaka Sakamoto

1985年4月12日、鳥取県生まれ。フットリンガル代表、作家。東京大学文学部在学中にメキシコに渡り屋台のタコス屋で働く。帰国後にYouTubeで観たネイマールのドリブルに魅了され、卒業と同時にブラジルへ渡航。アポなしで飛び込んだ名門サントスFCで広報の仕事を得る。その後、ネイマールの来日時通訳などを経て、フットリンガルを創業。国際舞台での活躍を志すサッカー選手や野球選手を対象に、語学指導や異文化適応のアドバイスを提供している。著書に『東大8年生 自分時間の歩き方』『PLMメソッド ファンを増やしてプロ野球の景色を変える!』(ともに徳間書店)がある。

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