「ネリは“過去最強の相手”だったのか?」井上尚弥の答えは…敗戦後にはメキシコの母に涙の電話「“悪童”は本気で怪物に勝とうとしていた」

 元2階級制覇王者のルイス・ネリ(メキシコ)が5月6日、東京ドームでスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(大橋)に6回1分22秒TKOで敗れた。2018年3月、WBCバンタム級王者として前王者だった山中慎介の挑戦を受け、計量失格という愚行により、日本で最も嫌われるボクサーとなって6年あまり。“悪童”はどのようにして戦い、そして敗れ去ったのだろうか――。

“悪童”ネリが井上尚弥から初ダウンを奪うまで

 あのネリが日本に帰ってきた。対山中第1戦後のドーピング違反、そして第2戦での計量失格。山中さんは「6年後にまさかネリが東京ドームで試合をするなんて。僕との2試合があるからネリが井上選手の相手になったと考えると、本当に不思議ですよね」と複雑な表情を浮かべたものだ。

 “悪童”と呼ばれたネリにとって、今回の試合は日本でのリベンジマッチだった。山中さんとの2試合は確かに勝利している。ただし、計量失格、王座はく奪は負けに等しい失態であり、ネリにとって今回の試合には日本における“汚名返上”という意味合いがあった。

 そして何より、4団体統一王者である井上に挑戦できることがモチベーションだった。ファイトマネーは過去最高と見られ、つまりはチャンピオンとして迎えた試合よりも挑戦者である今回のほうが高額ということ。来日後、公開練習の際にネリは次のように語っている。

「パウンド・フォー・パウンドのナンバーワンを決めるような戦いを見てほしい。そして4団体統一を成し遂げたい」

 “モンスター”井上に勝利して世界のスーパースターになる。そんなネリの決意が初回に表われた。“パンテラ(ヒョウ)”ネリの強みは打ち出すと止まらない連打だ。荒っぽい攻撃を売りにしながら、意外と近い距離でも強いパンチが打てる。ゴングが鳴ると、いきなり連打で仕掛けようとしたシーンはいなされて終わったが、開始1分40秒、近距離で放った左フックがヒット。井上をキャンバスに突き落とし、東京ドームを凍りつかせた。

試合後にはメキシコの母に電話、目には涙が…

 井上がバンタム級王者の集結したトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ」(WBSS)に出たころから、ネリはモンスターとの対戦を望んでいたという。本当は自分もWBSSに出場したかったのだが叶わず、今回の試合は「長い間待ち続けた」という念願の挑戦だった。

 試合が決まってからのネリは計量失格を繰り返したころの悪童ではなかった。計量後、コーラを飲み、ケーキ2つ、フルーツ缶詰、フラペチーノをたいらげた甘党は、3月6日に東京で開かれた記者会見では、関係者にすすめられたクッキーひとつにさえ手をつけなかったという。井上戦への準備はすでに始まっていたのだ。

 トレーニングも故郷を離れてアメリカをベースとし、長期にわたって鍛えに鍛え抜いた。日本には6勝5KO無敗のライト級のホープをスパーリング・パートナーとして同行させた。来日後は用意された帝拳ジムを公開練習以外で使わず、極秘で最終調整を行った。ネリは本気で井上に勝とうとしていたのだ。

 ダウンを奪ったネリは一気にエンジンをふかそうとしたが、冷静さを取り戻した井上はそうさせてくれなかった。モンスターはジャブ、そしてボディへの右ストレートで突き放し、フットワークもしっかり使ってパンテラに連打の機会を与えてくれない。そして2回には井上の左フックでネリがダウン。リードはあっという間に消えてしまった。

 ここから先は井上とのスピード差、実力差が出た。ネリは手数を増やせず、大ぶりのパンチは空を切るばかりだ。強引なアタックを仕掛けた5回に2度目のダウンを喫すると、6回に右を食らい、崩れ落ちてフィニッシュ。こうしてネリの夢は破れた。

 関係者によると、ネリは控え室からメキシコの母親に電話をかけ、「フルトンは一度で倒されたけど、自分は立ち上がって戦い続けた」と伝えたという。勇敢にファイトしたことを理解してもらいたかったのだろう。その目には涙が光っていた。腎臓の痛みを訴え、記者会見はせずに大事を取って病院に向かった。

それでも井上尚弥にとっての「過去最強」ではなかった

 試合前、「死ぬ覚悟で戦う」と口にしていたように、ネリは最後まであきらめず、モンスターに向かっていった。ダウンを奪い、その後は徐々にモンスターに圧倒され、そして力尽きた。井上は試合後、勝利者インタビューでネリについて聞かれ、次のように答えた。

「6年前に日本での因縁があったというのは、自分自身、第2戦を会場で観戦していたのでファンの気持ちはしっかりと自分の中で受け止めていましたが、この東京ドームは井上vs.ネリなのでこの試合に集中していた。なので勝った瞬間は、ネリに感謝という気持ちで握手を求めていきました」

 試合翌日、井上にネリの感想をあらためて聞いてみると、少し考えてから「すべて想定内でしたね」と前置きし、次のように続けた。

「ひとつ挙げるとすればもっとパワーがあるのかなと思いました。ただ、1ラウンド目のダウンというのは、ほんとに自分の死角から入ってきたパンチで見えなかった。ひとつ誤算があるとしたら、そこの角度の調整ミスというか、そこだけですかね」

 はたしてネリはキャリア最強の相手だったのだろうか。そう問うと、また少し「うーん……」と首をかしげてからこう答えた。

「そうですね、やりやすさ、やりにくさを踏まえても、一番手強いとは言えないのかなと。やっぱり戦う前からスキがすごく多いなという印象があったので、その通りのイメージでしたね」

 ゴングが鳴る前、4万3000人の大観衆がネリにブーイングを浴びせた。だが、試合後は多くのファンが退場していくネリに握手を求めた。心温まる光景だった。やはり井上が東京ドーム興行を成功させる好敵手は、この男しかいなかったのだとあらためて思う。ネリは最高の敵役としてその重責をまっとうした。それでもなお、モンスターに「過去最強の相手」と言わしめることはできなかったのである。

2024-05-08T08:33:40Z dg43tfdfdgfd