「長谷部誠の引退会見…記者がハンカチで目を」ドイツ人記者と仲間に愛された40歳は“未来の名将”「プロの鑑」「シャビ・アロンソと同様だ」

2023−24シーズン限りでの現役引退を発表した長谷部誠(40)。会見をドイツ語で行うなど、当地で長年一線級で戦ってきたレジェンドへの敬意は現地でも熟成されているようだ。ドイツ人記者が称える現役生活と、期待する“今後のキャリア”とは。(翻訳:井川洋一)

 今シーズンかぎりで、長谷部誠の勇姿がピッチ上で観られなくなる。

 これはドイツのフットボールファンにとっても、寂しいことだ。彼が第二の故郷と呼ぶ、フランクフルト周辺の人たちだけではない。現在40歳の元日本代表主将は、2008年元日にこの国に降り立ってから、3つの本拠地とたくさんの敵地でこのスポーツを愛する人々に認められてきた。なかには、私たちの国が生んだ競技史上最大のレジェンドのひとりを引き合いに出し、“アジアのベッケンバウアー”と呼ぶ人もいるほどだ。

 そんな愛称で親しまれた理由は、両者のポジションの類似性だけでなく、リーダーシップやインテリジェンス、プロフェッショナリズムにも通じるものがあったからだ。

鬼軍曹とブンデス制覇、フランクフルトではEL制覇

 長谷部は浦和レッズで日本のクラブが獲得できるすべてのメジャータイトルを手にしたあと、VfLボルフスブルクに加入した。

 当時のチームを率いていたのは、フェリックス・マガト──軍隊式のハードトレーニングでフィジカルと規律を高めることで知られた指揮官だ。山や丘でのシャトルランや綱のぼりなどを課せられても、長谷部は小言をこぼしたりせず、粛々と練習に励み、すぐに監督から信頼されるようになった。そして2年目の2008-09シーズン──彼にとって初のフルシーズン──には、中盤やライトバックを務める主力として、クラブ史上唯一のリーグ優勝に貢献している。

 ブンデスリーガで最高のスタートを切った長谷部はその後、2013-14シーズン序盤戦にニュルンベルクへ移籍し、翌シーズンにはアイントラハト・フランクフルトを新天地に選んだ。

 この10年間、125年の歴史を誇る名門でも、長谷部は常に重要な存在だった。2018年にクラブ史上5度目のDFBポカール、2022年に――同胞である鎌田大地らとともに――同2度目のヨーロッパリーグ(UEFAカップ時代を含む)の優勝に寄与した彼に対し、クラブは感謝の意を表して、こんな提案をした。

「クラブとの契約を延長するかどうかは、マコトの意思次第だ」とフランクフルトのチーフ・スポーツ・オフィサーのマーカス・クレーシュは話した。

「クラブでの進退を自ら決められる選手は、プロフットボールの歴史上、彼が初めてだろう」

契約延長の際、クラブとの駆け引きは全くなかった

 ここにいたければ、いつまででもいてほしい──。それは信頼の証にほかならない。選手としての能力はもちろん、人間としてのクオリティーによって、長谷部はそんな存在になったのだ。

 プロスポーツの契約更改の場には、面倒な交渉のイメージがついてまわるが、長谷部のケースは至ってシンプル。クレーシュの前任のフレディ・ボビッチは、こんな逸話を明かしたことがある。

「ある朝、マコトに『あともう1年、ここに選手として残る気はあるかい?』と尋ねたら、『喜んで』と返事があった。翌週に正式な場を設けたら、彼は前年と同じ契約に笑顔でサインしたよ。我々の間に、駆け引きはまったくなかった」

長谷部が会見を終えると、ハンカチで目許を抑える記者も

 長谷部はそんな風に引退を撤回し、選手契約を延長したことがある。だから今年も、もしかしたらと、心のどこかで期待していた人もいたかもしれない。けれど、逆に開かれたのは、引退会見だった。

「難しい決断でした」と長谷部は集まったメディアに説明した。

「でも5、6年ほど前から、この時が来ると感じていました。それが今であり、正しいタイミングだと思います」

 30分ほどの会見が終わる頃、クラブのプレスオフィサーは長谷部のことを「良識の人物」と表した。すると翌日の地元紙はこの言葉こそ、「ハセベのすべてを的確に現している。彼は人生で大きな意味を持つ、誠実さ、自己犠牲の精神、謙虚さを兼ね備えた人物だ」と書いた。

 長谷部が会見を終えて退場すると、多くのジャーナリストの感情が揺れ、日本人記者のなかにはハンカチで目許を押さえている人もいた。

 長谷部がブンデスリーガで選手として過ごした期間は、ドイツの前連邦首相アンジェラ・メルケルの在任期間よりも長い。どちらも本人さえ望めば、もっとそこにとどまることもできたはずだが、いつにするかは自分で決めるべきだと考えたのではないか。チームや国に、自らが貢献できなくなる前に。

「マコトは完璧なロールモデル」「プロの鑑」

 今シーズン終了後も、長谷部はフランクフルトに残る。まだ決定してはいないが、おそらくユースチームのアシスタント・コーチになるのではないかと目されている。多くの人が期待しているように、きっと彼なら、素晴らしい指導者になるだろう。

「マコトは完璧なロールモデルだ。チームメイトに安心感を与える存在で、多くの若い選手たちから慕われている」(フランクフルトのGKケヴィン・トラップ)

「彼はトップ中のトッププロフェッショナルだ。そんな選手を指導することができて、本当に幸運だったよ」(元フランクフルト、現モナコのアディ・ヒュッター監督)

「マコトはプロの鑑だ。たくさんの選手にとって、模範的な存在だった」(フランクフルトのチーフ・スポーツ・オフィサーのクレーシュ)

 こんな風に、長谷部と共に仕事をした人は、誰もが口を揃えるのだ。そのセカンドキャリアも、楽しみでならない。

新時代の名将シャビ・アロンソとも共通項が

 今シーズン、ブンデスリーガでは12年ぶりに王者が代わった。バイヤー・レバークーゼンが、バイエルン・ミュンヘンの12連覇を阻み、クラブ史上初のリーグ優勝を飾ったのだ。彼らを指揮したのは、シニアレベルの監督として2年目の元スペイン代表MFシャビ・アロンソ──長谷部の2歳上の気鋭の指導者だ。 

 この二人にも、共通項が見出せる。どちらも現役時代のメインポジションはセントラルMFで、戦略的な目とリーダーシップを持ち、フットボールを深く理解している(ともに代表出場試合数が114を数えるのは偶然だろう)。プロの選手はごまんといるが、これらを備えている人はあまりいない。

 そして長谷部も、アロンソと同様に、事を急いたりしない。

 前者は「ゆっくりと次のステップを進めていきたい」と言い、後者は現役引退後に出身地サンセバスティアンで古巣レアル・ソシエダのBチームを率い、その間に来たオファーはすべて断っていた。そして今季、レバークーゼンで空前絶後の大成功を収めると、リバプールやバイエルンといったビッグクラブからの誘いを断り、少なくともあと1シーズンはレバークーゼンで続けると宣言している。

 いつの日か、この2人の偉大なフットボーラーが、指揮官として対戦する日は来るだろうか。それを想像すると、現役選手としての長谷部と別れる切なさも、少しは和らいでくる。

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